
北海道の歴史的に古くは「日本書紀」に渡島として登場し、阿倍比羅夫という人物と接触を持ち、
奈良時代、平安時代には出羽国と交易を行なったと言われています。
古代の蝦夷は農耕も生活の柱としていたが、次第に狩猟、漁業に特化し、米や鉄等を日本人との
交易で得るようになっていきました。
戦乱を避けて移住する者が増えると、現地のアイヌとの間に対立が起き、「コシャマインの戦い」で
和人が勝利を決し、武田信広が蠣崎氏を継ぎ、その子孫は後に松前の氏を名乗り、
代々蝦夷地の南部に支配権を築いた
安土桃山時代から江戸時代にかけて松前氏は征夷大将軍より交易独占権を認められました。
そんな中、アイヌは「シャクシャインの戦い」や「クナシリ・メナシの戦い」といった反乱を起こしたが、
松前藩によって鎮圧されました。
江戸時代後期から、シベリアからロシアが領土を広げつつ日本と通商を求めるようになり、
鎖国を維持しようとする日本と北海道近辺で接触しました。
1799年(寛政11年)に東蝦夷地を、1807年(文化4年)には西蝦夷地を松前氏から取り上げ、
統治機構として1802年(享和2年)に蝦夷奉行を置き、後に函館奉行、松前奉行と名を変えました。
奉行は1821年(文政4年)に廃され、全蝦夷地は松前藩に還付されました。