貧乏旅行でヒッチボート
■貧乏旅行でヒッチボート。最初に持っていったのはモスクワ亡命資金の一○万円だから、当然欧州旅行には不足である。だから、本当に貧乏旅行もいいところで、宿泊は、ユースホステルなら大上等。頼み込んで民家の納屋や豚小屋に泊めてもらったり、それこそ橋の下で寝たこともあった。移動手段は、もつぱら徒歩とヒッチハイクで、あるときなどヒッチボートをした}」ともある。フランスのカレーからドーバー海峡を渡ってイギリスに渡るときが、まさにこのヒッチボートであった。むくつけき港湾労働者や船員たちがたむろする、桟橋のバーにまぎれ込み、片言の、しかし大声の英語で、「ロンドンに行きたい。近くの港に行く船があったら、ただで乗せてくれ-」と、やったわけである。東洋人の薄汚れた青年が、喧喋のバーで大声を張り上げているのだ。彼らにしてみれば、かっこうの酒のサカナである。「おう、俺の船に乗れよ、いくら出す?」と、大方は冷やかし半分だ。みんな海賊だかなんだかわからないあらくればかりで、怖ざも怪しさもある。しかも、こちらは「ノーマネー」と、大見得を切っている。下手したら、殴られるだけじゃ済まない。後で考えるとホントに怖かった。さいわい、信用できそうなおじいさんが、「ノーマネーでもいいよ」と、乗せてくれることになり、ヒッチボート成功!が、これが運命の分かれ道となる。その船は、石炭か何かの運搬船だったと思う。乗組員は、白髪のキャプテンを含めてたったの三人。