こうなったら、何でも見てやろう
「ソ連から亡命したい人が山ほどいるのに、めぐまれた日本から亡命したいなんて馬鹿なヤシがあるか。寝ぼけた目を覚まして、とっとと日本に帰れ!」。生半可な社会主義思想にあこがれる向こう見ずな若者に、こうおつしやりたかったのだろう。見ず知らずの私に、ホテルの吹き抜けのロビーが震憾するほどの大声で、叱ってくだきった原子さんには、いまも感謝の気持ちを持ち続けている。原子さんの的確なアドバイスで、私の目は一気に覚めた。モスクワ亡命話は、私がずっと胸に秘めていた、若気の至りの恥ずかしい話である。新聞紙上で原子さんが鬼籍に入られたことを知ったのはだいぶ以前のことであるが、あらためて感謝の念とご冥福をお祈りしたい。■こうなったら、何でも見てやろうさて、亡命の夢から覚めた私は、正直がっくり来てしまった。生きる望みを失ったといったら大げさだが、目的を失って途方に暮れてしまったのである。気力が萎えているから足取りは重いし、荷物は肩に食い込む。しかし、とにかくここまで来たからには、何でも見てやろう、吸収できるものはみんな吸収してやろうという気持ちを何とか奮い起こした。たとえ大学には戻れなくても、自分はなんとしても建築家になってやる。だとしたら、欧州をぐるっと巡って、現代建築のなんたるか、デザイン、芸術など、ありとあらゆるものをすべて見てやろうと決心したのである。しかし、正気に返ってソ連を見れば、おかしなことばかりであった。